人とか機械とか

デジタルガジェットやコンピュータについてのブログです。

小言

失言が多く失敗してきた経験があるので、社会的立場ではほとんどしゃべらなくなった。それが自分なりの、世の中との都合の付け方です。

まあその、非効率な日本人的には「失言」なんだろうけど。自分の信念、というか、もっと物理的に考えて正しいはずなんだけどね。

例えば、日本の常識では「信号が青になったら渡りましょう」ですが、物理的に考えて青でもクルマは突っ込んでくるわけだから、周囲をみなきゃダメだよね。
大晦日で「よいお年を」って言うけど、それって主語ないよね?形容詞しかないよね?良いお年を、何なんだよ。っていう。Googleサジェストが必要なのかよ。
あと、裁判における「事実認定」なんてモンはただの言いがかりで決まるわけで。事実と違うことが事実認定されても仕方ない。まともにやり合って勝てる気がしない。冤罪万歳。

逆に言うとなんかこう、日本人の精神世界って物理離れしてるんだよね。コンクリートジャングルのわりにはアブストラクトな暮らししてる。日本は軟水だし。つまりソフトなウォーター。ハードじゃない。だから物理的効率が悪い。生まれたときからjavaVMみたいな。日本VMでしか動かない日本語では、世界の物理に通用しないワケです。世界中に日本VMを作るなら話は別ですけど。

自分の精神世界はCとアセンブラでできてるので。

立場の対比としてCとjavaを出しただけで、別にdisってるワケじゃないけどね。javaなきゃ世の中まわらんし。なんでjavaが"run anywhere"かというと、ありとあらゆる環境にjavaVMが用意されているからに過ぎない。資源の乏しい環境に、javaVMを構築するのは難しい。

グローバル化なんて簡単ですよ、日本人辞めて物理と論理で物事を考えるだけですよ。多分。

まあ、その、日本人らしさが生み出した2.5次元で暮らしてるんですけどね。

たぶん、そういった「日本人として」うまくやってるほうが、日本ではラクして高給もらって暮らせるんだと思う。たいした仕事してなかったり、物理的効率が低くてもね。そういったサル山は先細りだと思うけど。

だから逆に言うと、物理と論理を相手に仕事をしているエンジニアの待遇がひどいんだと思う。能力主義じゃないんだよね。より日本人っぽいほど高給なんだよね。仕事と民族とは区別したほうがいいと思うけど、日本では密着してるんだよね。

なんかアタマ悪い文章になったね。仕方ないね。

思ったけどこれって、左翼的思想なのかな。

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