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人とか機械とか

デジタルガジェットやコンピュータについてのブログです。

東のほうの某同人STGの事情

社会 ゲーム Rights

君子危うきに近寄らず、ということで、なんかヤバい雰囲気がするので避けてたんだけど事情を調べてみた。
どうやらニコニコ動画で流行して増えたニワカが、イベントでなんかやらかしたみたいだね。印象を悪くしているのは、そういう層みたい。まあ古参の方には残念だけど、なんかもう、無理。ランキングも右の柱は視界に入れないようにしてるし・・・。ユーザーニコニコ生放送で見かけると光の速さでチャンネル変えるし・・・。
これは、マナーをキチンと守る鉄オタと、マナーが悪い鉄オタ、みたいな構図と似ている。

その中で、古参側の意見だと思うんだけど「作品をコミュニケーション・ツールにするな」という意見があった。

  • 個人的に作品を理解して、好んだ上で、他の人とその話をする。
  • 作品を理解もしないまま、その作品について他の人とその話をする。

という違い。
喩えるなら前者は作品の中におけるリア充で、後者は作品の中におけるキョロ充である。リア充は一人になることもできるが、キョロ充は一人では居られない。

つまり本当に作品を愛しているなら、自分一人でも愛せるワケです。でも、たいして作品を愛してない人間は、自分一人じゃ愛せないわけです。誰かと一緒じゃなきゃ嫌なわけです。そもそも作品を愛したいワケじゃない人なんだよね目的が違う。ただバカ騒ぎがしたいだけ。


他の作品にも言えると思う。

「リア充がちょっとオタク趣味に手を出した」っていう層が、作品をコミュニケーションツール化しやすいんじゃないかと思う。mixiのエヴァコミュニティを見ると分かりやすい。馴れ合いトピが乱立してるから。でもエヴァの場合は、ガイナックスが望んでそうしたように見て取れるから、仕方ないのかと思う。パチスロ化とか。グッズやゲームいっぱい出したり。商業的には、コミュニケーションツールでもいいから広がったほうが成功だろうけど。


二元論で語ってみたけど、まあ実際はその中間らへんなんだろうね。
ある作品のファンになったとすると、あまりにも過疎りすぎて商業的にヤバイと、もうその作品が立ち行かなくなってしまって続編が見られないとか、存続の危機に立たされるわけだから、もっとがんばってくれ(商業的に)と思うわけですが、でもDQNユーザーは増えてほしくないよねーっていうのもあるわけで。かくいう、俺の遊んでた旋光の輪舞DUOも、ユーザーがやたら少なくて困ってるし・・。

製作者と商人と消費者、みんながwin-winで幸せになる必要があって、それが理想なんだけど、でも、そんなことを考えずに私利私欲〜な人も居るわけで。ダウソ厨とか、コンマイの商売のやり方とか。その点、初音ミクはうまく行ってるほう?なように見えるけどどうなんだろ。


いま読んでる本で、手品師が言ってたんだけど、
「自分の好きなこと(趣味)もやらせてもらえて、なおかつそれでお金になる。ってすごい幸せなことなんだよね。」
って。たしかにそうかも。昔のステレオタイプななんかプロレタリア文学な仕事の時代もあったわけで。現代だって、好きじゃない仕事だけどやってる人だって多いだろう。

おれも幸せなんだな、プログラミングの快楽も得られ、お給料ももらえ、生活できてるんだから。win-winだな。

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